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大阪船場100年名家を訪ねて

5月10日自然と文化科の例会で、午前はIPS細胞の興味ある講演を聴講してから、午後室外活動となった。コースは以下の通りである。
難波橋~大阪取引所~新井ビル~野村ビル~小西家~青山ビル~伏見ビル~浪速教会~オペラドメーヌ~愛珠幼稚園~適塾~中央公会堂 ~解散 
タイトルから分かるように大阪の中心部に古い建物が存在していて、そこを訪問するイベントだ人通りが多いので少人数に分けて6班での行動となった。いつもは気にせず歩いているが、多くの対象建築物がある。小西家は中を案内してもらった。知らない事が沢山あった。コースには入っていないが、昔なつかしい散髪屋があり、1930年築で一番興味深かった


s-大阪中央公会堂[大阪中央公会堂]
大阪・中之島の緑と水に囲まれ赤レンガが映える大阪市中央公会堂は、文化、芸術、社会活動の場として利用されているレトロ建築であり、大阪城天守閣とともに大阪市のシンボルでもある。建物は鉄骨煉瓦造の地上3階、地下1階。ネオ・ルネッサンス様式を基調としつつ、バロック的な壮大さを持ち、細部にはウィーン分離派様式も取り入れられている。アーチ状の屋根と、洋画家の松岡壽によって天地開闢が描かれた特別室の天井画・壁画が特徴だ。竣工は大正7年(1918)、建設費の100万円(現在の50億円)は、当時の株式仲買人の岩本栄之助の寄付によるもの。設計者は明治時代の建築界を代表した岡田信一郎と辰野金吾ら。

s-旧小西家住宅[旧小西家住宅]
薬問屋街の道修町に残る旧小西家住宅は、近代大阪の町家を集大成した和風建築(国の重要文化財)。小西家は、初代儀助(ぎすけ)が安政3年(1856)、京都から大阪道修町に出て薬種業・小西儀助商店(現・コニシ株式会社)を創業したことに始まる商家。現在の建物は明治36年(1903)から3年かけてつくられたもの。主屋裏には奥庭を挟んで衣装蔵および二階蔵がある。衣装蔵は明治45年(1912)の上棟で三階建の土蔵造。建築材も良材を使い、シンプルながらも各部屋や茶室などには凝った意匠や工夫の跡が見られる。居住部の台所の土間には、家族、従業員ら約50人の食事を賄った大きなかまどがある。サントリーの創始者鳥井氏がここで3年ほど丁稚見習いをしていたそうな。

s-日本浪花教会

日本浪花教会

s-適塾

適塾緒方洪庵像


s-大阪取引所Ⅱ

大阪取引所

s-新井ビル

新井ビル


s-愛珠幼稚園

愛珠幼稚園

s-吉田理容所

吉田理容所


ならなぎロゴ
s-head.jpg


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