FC2ブログ

三田街歩き&青磁作り

2月1日三田の街歩きと青磁の三田焼きに挑戦した。2班に分かれて我々は街歩きから始めた。三田の街は元藩主九鬼家が中心となっていて、資料館(九鬼家の擬洋風建築)でビデオ説明を見た。その後心月院にお参りした。ここは九鬼家の菩提寺で墓がある。また有名な白洲次郎の夫婦の墓があった。昼前になり明神窯で食事をするので急いで行った。昼を済ませ三田焼きを習った。先生から作り方を教えてもらって、思ったよりも楽しく作れた。近くに大神神社の分祀された社、三輪神社をお参りしてから、三田駅に向かった。
青磁マグカップ
s-九鬼家擬洋風建築[九鬼住宅]
旧九鬼家住宅は、三田藩家老職を代々勤めた九鬼家の住宅として、明治9年頃に建てられた建物だ。江戸時代の民家や商家の間取りを持ちながら、武家屋敷の名残を残す二階建ての住宅だが、特徴的なのが二階部分に洋式のデザインが取り入れられていること。
 明治初期に文明開化のもと、日本人の大工により西洋の建築に似せて、学校や役所、ホテル、銀行などが数多く建てられた。このような建物を建築史では「擬洋風建築」と呼んでいる。
 旧九鬼家住宅は、こうした擬洋風建築のひとつとして捉えられるが、九鬼家の当主であり鉄道技師でもあった九鬼隆範(くきりゅうはん)が洋風デザインを取り入れて自ら描いた住宅の設計図(現在でいう基本設計図に当たるもの)が残っている。当時の大工が見よう見まねで真似て建てた擬洋風建築にはない、九鬼隆範が指示した洋風のデザインと伝統的な建築様式が絶妙に調和した貴重な建物として評価されいる。

s-心月院[心月院]
本尊 釈迦牟尼仏
旧三田藩主 九鬼家の菩提寺。
位牌堂以外全て(本堂・経蔵・総門・山門・庫裡・書院・蔵など)江戸時代の建物。
本堂正面の庭が美しく、梅・桜・さつき・紅葉などが見られる。
旧三田藩歴代の墓所でもあった。
白洲次郎・正子、九鬼隆一、など多数の墓がある。
寛永10年(1633)勢州鳥羽より移封された九鬼氏が、家代々の宗廟として、旧領の菩薩寺常安寺の覚雄是的和尚を開祖として建立した。境内には歴代藩主とその家族や白洲次郎・正子がひっそりと眠りについている墓所がある。
また、山門は関ヶ原戦後、時の領主有馬豊氏が豊臣家から譲り受けた有馬温泉御殿の遺構の一部と伝える。

s-三輪明神窯史跡 登り窯

三輪明神窯史跡 登り窯

s-三輪神社

三輪神社


ならなぎロゴ
s-head.jpg



スポンサーサイト



コメント

非公開コメント