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砥峰高原&明延鉱山見学

11月2日砥峰高原&明延鉱山の観察と見学に参加した。バス2台で出発した。スケジュールは下記の通りだ。
行程及び予定時間  西梅田 8:00~赤松PA(トイレ休憩)~砥峰高原 (10:10~12:10)~明延鉱山跡 (13:40~15:40)~道の駅 まほろば(トイレ休憩)~西宮名塩(一部の参加者下車)~梅田 19:00頃
砥峰高原Ⅱ

砥峰高原


s-砥峰高原地図砥峰(とのみね)高原は西日本で有数の約90haに及ぶススキの草原が広がる高原だ。峰山・雪彦・生野高原とともに県立自然公園に指定されている。映画「ノルウェイの森」、大河ドラマ「平清盛」、「軍師官兵衛」のロケ地にもなった。我々はピンク3kmの道を1時間かけて歩いた。結構高低差があり、道幅は狭く湿り気があり滑りそうで疲れた。一時小雨が降った。事情があり野焼きをやっていないためかススキの成長が悪く感じ、他の植物も少なく、歩くだけになった。

s-ススキ 砥峰高原181102

ススキ

s-リンドウ 砥峰高原181102

リンドウ


s-ウメバチソウ 砥峰高原181102

ウメバチソウ

s-アキノキリンソウ 砥峰高原181102

アキノキリンソウ



s-明延鉱山[明延鉱山]
明延(あけのべ)鉱山の歴史は古く、奈良・東大寺の大仏鋳造の際に、産出した銅を献上したと伝えられている。明治42(1909)年に錫鉱脈が発見されたことにより、海外の最新技術を導入して近代鉱山としての開発が始まった。その規模は日本一にとどまらず、アジアを代表する錫鉱山として栄えた。錫の産出量は全国の90%を誇り、その他にも銅・鉛・亜鉛などの多鉱種を産出した。粗鉱生産量は、ピーク時の戦時中から昭和26(1951)年頃には月産 35,000 t、閉山前頃には、銅、亜鉛、スズの粗鉱生産量が月産 25,500 t あった。しかし採算が合わなくなり、昭和62年鉱脈を残して閉山となった。1時間ほどの案内があった。最盛期は村は4000人ほどの町となり繁栄した。労働者は収入は3倍くらいあったらしいが、過酷な労働だった。落盤があったり、岩の粉が体に入り込んだりと死ぬ人が多く出た。
s-明延鉱山 銅鉱脈

銅鉱脈

s-明延鉱山 抗道

抗道


s-明延鉱山 オフセットストーパ

オフセットストーパ

s-明延鉱山 明神電車

明神電車


ならなぎロゴ
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