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新緑の飛鳥京散策

自然と文化科の行事で、4月27日飛鳥京を散策した。関西の人なら幾度か歩いたことがあると思うが、季節ごとに違う景色で迎えてくれて飽きない。飛鳥京観光協会のガイドさんの案内で一日観光した。行程は下記のとおりである。6km程度歩いた。
飛鳥駅~高松塚古墳~飛鳥歴史公園館~亀石~川原寺~橘寺~石舞台古墳~伝承板葺宮~飛鳥寺~甘樫丘~橿原神宮駅
時間がないので詳しくは観光できず、石舞台と飛鳥寺に入場し、他は外から見るだけになった。昔行った記憶と違いすごく整備されていて、観光しやすくなっていた。石舞台芝生広場には社会見学なのか沢山の小中学生が昼食を取っていた。我々も仲間に入れてもらって弁当を広げた。小さいころこの古墳の上や中で自由に遊んだことが思い出され懐かしい。飛鳥時代と現代が交錯する空間があり、不思議な気分になる。ハイキング日和でありいつまでも歩いてみたい気分だ!最終甘樫丘を力を振り絞って登った。畝傍山や耳成山、また板葺宮が眼下に見られ、蘇我入鹿の気分になった。欠史8代の孝元天皇陵の脇を通って橿原神宮駅に到着した。
s-高松塚古墳Ⅱ[高松塚古墳]
奈良県高市郡明日香村(国営飛鳥歴史公園内)に存在する古墳。藤原京期(694年~710年)に築造された終末期古墳で、直径23m(下段)及び18m(上段)、高さ5mの二段式の円墳である。1972年に極彩色の壁画が発見されたことで一躍注目されるようになった。現在は修復中であり見る事は出来ない。



s-石舞台[石舞台古墳]
墳丘は現在失われているが、下部は方形で、20-50センチメートル大の花崗岩の貼石を約30度の傾斜で積み並べられていた。墳丘の周りに幅5.9-8.4メートルの空堀がめぐり、幅約7.0メートルの外堤が設けられている。外堤を復元すれば一辺約80メートルで、高さは約1.2メートルである。
元は土を盛りあげて作った墳丘で覆われていたが、その土が失われ、巨大な石を用いた横穴式石室が露出している。埋葬者としては蘇我馬子が有力視されている。

s-飛鳥寺[飛鳥寺]
飛鳥寺(法興寺)は蘇我氏の氏寺として6世紀末から7世紀初頭にかけて造営されたもので、本格的な伽藍を備えた日本最初の仏教寺院である。『日本書紀』によると、法興寺(飛鳥寺)は用明天皇2年(587年)に蘇我馬子が建立を発願したものである。馬子は排仏派の物部守屋と対立していた。馬子は守屋との戦いに際して勝利を祈念し、「諸天と大神王の奉為(おほみため)に寺塔(てら)を起立(た)てて、三宝を流通(つた)へむ」と誓願し、飛鳥の地に寺を建てることにしたという。

s-鬼の雪隠

鬼の雪隠

s-亀石

亀石

s-石舞台Ⅱ

石舞台

s-聖徳太子孝養像

飛鳥寺聖徳太子孝養像


s-阿弥陀如来坐像

飛鳥寺阿弥陀如来像

s-板蓋の宮

板蓋の宮

s-畝傍山

畝傍山

s-ギンラン 飛鳥180427

ギンラン

s-キリ 飛鳥180427

キリ

s-シュロ 飛鳥180427

シュロ

s-コデマリ 飛鳥180427

コデマリ

s-イソヒヨ

イソヒヨドリ


飛鳥寺大仏

飛鳥寺大仏







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