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よりみちクラブ 春爛漫の佐保川沿いを歩く

4月3日「ならなぎ」の番外編「よりみちクラブ」の企画で、古都の古刹を訪ねた。24名が参加だ。快天に恵まれ、10時に近鉄新大宮駅をスタートしてサクラを愛でながら探索した。経路は下記である。
    佐保川沿い桜 → 海龍王寺→ 法華寺→ 平城宮跡(昼食)→ 秋篠寺 →西大寺
歩いて10分ほどで佐保川に着いた。サクラ満開から数日が経っていたので心配していたが元気に我々を迎えてくれた。すばらしい光景だしばらく歩いて海龍王寺に来た。

佐保川サクラ

s-海龍王寺 本堂[海龍王寺本堂]
海龍王寺は天平3(731)年、遣唐使として中国に渡っていた初代住持の玄昉が、一切経と新しい仏法とを無事に我が国にもたらすことを願い、光明皇后によって創建されたとも伝わっており、お寺の場所が平城宮の東北の隅に当たることから「隅寺あるいは角寺」とも呼ばれている。玄昉が唐より帰国の途中、東シナ海で暴風雨に襲われた際に、海龍王経を唱えたところ、かろうじて種子島に漂着し、奈良の都へ無事に帰ることが出来たことがきっかけで遣唐使の無事を祈願する寺院となり、現在も旅行・留学に赴く方々の信仰を集めている。

s-海龍王寺 国宝五重小塔

五重小塔(国宝)

s-海龍王寺 西金堂

西金堂

s-海龍王寺門

寺門


s-海龍王寺 鐘楼堂

鐘楼堂

s-海龍王寺 護摩堂

護摩堂

s-ハナミズキ海龍王寺門

ハナミズキ


そこからすぐのところに法華寺門跡がある。
s-法華寺 本堂
[法華堂本堂]
聖武天皇の皇后である光明皇后の発願により、総国分尼寺として建立。光明皇后の父藤原不比等の邸宅跡に建つ。東大寺を起点とした佐保路の西の端にあたる。平安遷都後一時は衰退したが、豊臣秀頼、淀君によって、慶長6(1601)年に本堂・南門・鐘楼(いずれも重要文化財)が再建された。本堂に安置されている十一面観音立像(国宝)は、光明皇后がモデルであると伝えられている。また、本坊の庭園は名園として有名。安産や厄除けのお守りになる守り犬は、寺の尼僧の手によるもの。

s-法華寺門跡

門跡

s-法華寺 薬師堂

薬師堂

s-法華寺 浴室(からふろ)

浴室(からふろ)


これで午前は終了平安宮跡で弁当を食べた。でそよ風が清々しかった。寒く風が強い雨の時とは雲梯の差だ食事後3km離れた秋篠寺へ向かった。1時間弱で到着。
s-秋篠寺 本堂(国宝)[秋篠寺本堂(国宝)]
奈良時代末期780年頃、光仁天皇の勅願によって建立され、開山は善珠僧正と伝えられています。平城京西北の外れ「秋篠」の地に建てられたためこう呼ばれてる。平安時代末期に戦火のため伽藍の大部分を焼失し、鎌倉時代には今の本堂がもとの講堂の跡に再興されましたが、金堂や東西両塔の跡は雑木林になってしまっている。本堂に25体安置されている仏像の中でも特に著名なのが伎芸天(重文)で、諸技諸芸の守護神として多くの芸術家や芸能人らに慕われ、またその造形の優美な写実性は古美術愛好家の間でも広く親しまれている。

s-秋篠寺 大元堂

大元堂

s-秋篠寺 苔庭

苔庭

s-秋篠寺 境内

境内


各古刹の仏像を拝み悔いを改めた気持ちになり、西大寺まで歩いた。14時30分終了。


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