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庶民の町富田と武士の町高槻を見学

2月7日富田と高槻をガイドさんに案内してもらった。午前は富田の町を、午後から高槻の町を見て回った。主な観光地は以下の通りだ。
富田:清鶴酒造、寿酒造、環濠、教行寺、清蓮寺、本照寺、普門寺、三輪神社
高槻:高槻城址、城跡公園、しろあと歴史館、歴史民俗資料館、 高山右近高槻天主教会堂
跡カトリック高槻教会、藤井竹外邸跡、野見神社、理安寺、光松寺、 本行寺

見るものが多すぎて混乱した。富田は酒造りの町、高槻は城下町跡がある武士の町だ。

s-普門寺[普門寺]
普門寺は、慈雲山と号して臨済宗妙心寺派に属し、釈迦如来と十一面千手観音を本尊とする。明徳年間(14世紀末)に僧・説厳が創建したと伝えられ、永禄年間(16世紀後半)には、室町幕府の管領細川晴元や14代将軍足利義栄が滞在、普門寺城とも呼ばれていた。柿葺き(こけらぶき)の屋根が美しい重要文化財の方丈(本堂)は、永禄期の建築で、襖絵は狩野安信の水墨画、欠損していた襖には南画の大家、直原玉青画伯の「淀川右岸天王山鵜殿前島菖景」が描かれている。

s-野見神社[野見神社]
明治元年の神仏分離により祭神の名を須佐之男命に変更した。さらに野見宿禰命を合祀して「野見神社」に改称した。このため、延喜式神名帳に記載された式内社野見神社の論社の一つとされているが、『大阪府史蹟名勝天然記念物』では、式内・野見神社に擬せるために野見宿禰を合祀して「野見神社」に改称したものであると断じ、式内・野見神社の後裔社は同じ高槻市内の上宮天満宮摂社「野身神社」であるとしている。明治4年、式内社であるとして県社に列格したが、明治5年11月に郷社に降格された。


s-清鶴酒造

清鶴酒造

s-寿酒造

寿酒造


s-教行寺

教行寺

s-三輪神社本殿

三輪神社本殿


s-光松寺

光松寺

s-本行寺四天王

本行寺四天王


s-高槻市立しろあと歴史館

高槻市立しろあと歴史館

s-理安寺

理安寺


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