FC2ブログ

ならなぎ「西ノ京コース」

2月20日西の京コースを勉強した。どんより曇った空で今にも雨が降りそうであったが、ならなぎは雨天決行であり、集合場所の西大寺駅に向かった。すでに多くの仲間が来ていて、熱心さが伺われる。寒さが和らいできているがまだ2月。植物はまだ目覚めていない。その中早起きの梅が元気だった。コースに入っている菅原神社では盆梅展をやっていた。梅が本殿の前を飾っていた。垂仁天皇陵や大池を回るコースだが、この時期はやはり冬鳥がいる季節であり、これの観察がメインとなる。そろそろ旅立つころであるが、多くの鳥を見る事が出来た。長距離で疲れたが15時西ノ京駅で終礼した。
s-ホシハジロ 垂仁天皇陵

ホシハジロ

s-カルガモ 垂仁天皇陵

カルガモ


s-カワウ巣

カワウの子育て

s-キンクロハジロ 垂仁天皇陵

キンクロハジロ


s-キンクロハジロ雌 垂仁天皇陵

キンクロハジロ雌


s-ヒドリガモ 大池

ヒドリガモ

s-カンムリカイツブリ

カンムリカイツブリ


菅原神社

菅原神社


ならなぎロゴ
s-head.jpg




スポンサーサイト



一身田寺内町・関宿バスツアー

2月22日バスツアーに参加した。スケジュールは以下の通りでいつもの西梅田から出発だ。
<午前>梅田(8時出発)~西名阪自動車道~名阪国道~関JCT~伊勢自動車道~芸濃IC~一身田(寺内町見学;10時30分~12時、昼食;12時~13時)
<午後> 一身田(13時出発)~芸濃IC~関JCT~関IC~関宿(13時30分~15時30分)~関IC~名阪国道~西名阪自動車道~梅田(17時30分)

途中伊賀SAでトイレ休憩後、まもなく一身田に到着した。ついこの間(平成29年11月28日)に国宝に指定された。立派な唐門から入ると壮大な如来堂・御影堂が建っていた。ガイドさんが4班に分けて案内してくれた。江戸時代の建築で木鼻には龍やバクが彫刻されていて見ごたえがあった。街中も案内してもらい、2時間半ほどかかった。昼から40分くらいで関宿に行った。東海道53次の1つで古い町並みが残っている。多くの観光客の中を散策した。旅籠玉屋を見学した。部屋は狭い感じがして、沢山の客は入れなさそうで、相部屋が当たり前だったんだろうなと感じた。ともかく良く残していると感心だ慌ただしく1時間ほどの見学で終了し、帰路に着いた。幹事さんの対応で予定通り17時半に梅田に到着した。
s-専修寺 如来堂[専修寺 如来堂]
国宝となる「如来堂」は御影堂の西側にあり、阿弥陀如来像を祀るお堂だ。建立は寛延元年(1748年)。
外観は、唐様の建物で桐紋の入った破風を持ち、美しい組物や、象・竜・獏など、中国の故事にもとづく多くの彫刻が見られる華麗な造りとなっている。如来堂の大きさは、桁行25.7m × 梁間26.6m。御影堂よりも小さいが、高さを揃えることで、大きさの違いを感じさせないようになっている。「如来堂」のお堂の中は、精緻な彫刻が施された組物や欄間、金箔で華やかに装飾された荘厳な空間で、彫刻や金箔で装飾された黄金の「宮殿(くうでん)」が象徴的。御影堂とはまた異なった落ち着いた品格が、とても心地よく感じられた。なお、如来堂を立てるために末寺や門信徒が資金を集めた当時の記録である「如来堂御建立録」と、上棟儀式時の供物の記録である「御本山阿弥陀堂御上棟儀式御餝物」という2つの古文書が、宮殿とともに附として指定される。

s-専修寺 御影堂[専修寺 御影堂]
山門をくぐって正面にあるのが、国宝となる「御影堂(みえいどう)」。建立は寛文6年(1666年)。入母屋造・本瓦葺の落ち着いた純和様で高田本山専修寺の最大の建物であり、現存する江戸時代の寺院建築としては全国で5本の指に入る大きさ(桁行42.6m × 梁間36.6m)である。長野県の善光寺よりも大きい!「御影堂」の中へ入ると、780畳の畳敷きの空間が広がっており、金襴(きんらん)巻きの大きな柱や多彩な天井画などが荘厳な雰囲気を醸し出している。屋根を支える柱を効果的に配置し、大空間を確保すると同時に、多彩な装飾で壮麗な信仰空間をつくりだしている。宗祖である親鸞聖人の木造が安置されているのは、金箔や極彩色の彫刻で飾られた華麗な意匠が特長の宮殿(くうでん)。その宮殿を中央に、歴代の上人の御影が両脇壇及び両余間に安置されている。この宮殿と、建築当初に大棟(おおむね)に据えられていた「獅子口(ししぐち)」は、「附(つけたり)」として指定される。

s-旅籠 玉屋[関宿旅籠玉屋]
玉屋(旧村山家)は、「関で泊まるなら鶴屋か玉屋、まだも泊まるなら会津屋か」と謡われたほどの、関宿を代表する大旅籠のひとつだった。江戸時代の旅籠の様子を今に伝える貴重な建造物として関町の文化財に指定され、玉屋で使われていた道具類、庶民の旅に関係する歴史資料、歌川(安藤)広重の浮世絵などを展示している。

s-専修寺 御影堂内

御影堂内

s-専修寺 如来堂内

如来堂内

s-専修寺 太鼓門

太鼓門


s-専修寺 釘貫門

釘貫門

s-専修寺 唐門

唐門

s-専修寺 山門

山門


s-旅籠 会津屋

旅籠会津屋

s-関宿街並み

関宿街並み


ならなぎロゴ
s-head.jpg



「山田池公園」冬鳥&冬芽観察


2月8日藤阪駅に集合し、歩いて山田池公園に行った。パークセンターで別ルートで来た者たちと合流した。そこから時計回りで一周する予定だ。午前は冬鳥の観察を中心、午後は冬芽観察だ。池の水が少なく鳥もあまりいなかった。先週はミコアイサが一杯いたらしいが、まったく見当たらなかった。しかしオシドリが沢山いた。その他アオサギ、ツグミ、セグロセキレイやケリを撮影出来た。鳥の愛好家が沢山大きな一眼レフカメラを持って、アオバトを求めて現れそうな場所で待ち構えていた。植物では冬芽を多く見たが地味であり、やはり綺麗な花を観たいものだ。ハナカイドウやマンサクがすでに咲いていた。またナナミノキやヒイラギモチが赤い実を沢山付けていた。

s-オシドリ

オシドリ

s-アオサギ 山田池20190201

アオサギ

s-ケリ

ケリ


s-セグロセキレイ 山田池20190201

セグロセキレイ

s-ツグミ

ツグミ

s-アカメヤナギ 山田池20190201

アカメヤナギ


s-イタヤカエデ 山田池20190201

イタヤカエデ

s-クリノキ 山田池20190201

クリノキ

s-ハナノキⅡ 山田池20190201

ハナノキ


s-マンサクⅢ 山田池20190201

マンサク

s-ハナカイドウ 山田池20190201

ハナカイドウ

s-ウメ 山田池20190201

ウメ


s-ナナミノキ 山田池20190201

ナナミノキ

s-ヒイラギモチ 山田池20190201

ヒイラギモチ


ならなぎロゴ
s-head.jpg


佐紀盾列古墳群コース

2月1日今日は「佐紀盾列古墳群コース」だ。例年このコースは非常に寒いのだが、季節はずれのポカポカ陽気で気持ちよく散策することができた。コース名のごとく成務天皇陵や仁徳皇后陵など古墳が多くあり古代のロマンを感じながら研修に励むのだが、池が多くあり鳥の観察に適している。もちろん植物も忘れずに勉強をする。鳥に詳しいF氏やD氏に名前を聞きながらシャッターを押し続けた。運よく珍しい「アオバト」の写真をゲットできた。その他「オシドリ」や「ツグミ」など多くの鳥を観察できた。また植物では「ナナミノキ」「カナメモチ」「モチノキ」など赤い実を沢山付けていた。ローバイは真っ盛りだった。平城駅をスタートし、平城京の大極殿前を通り、佐紀神社で15時終了した。
アオバト
s-オシドリ

オシドリ

s-カワウ

カワウ


s-ツグミ 佐紀盾列古墳群コース20190201

ツグミ

s-ハシビロガモ

ハシビロガモ


s-マガモ

マガモ

s-ミコアイサ

ミコアイサ


s-アオサギ

アオサギ

s-ソシンローバイ 佐紀盾列古墳群コース20190201

ソシンローバイ


s-カナメモチ 佐紀盾列古墳群コース20190201

カナメモチ

s-ナナミノキ 佐紀盾列古墳群コース20190201

ナナミノキ


ならなぎロゴ
s-head.jpg



三田街歩き&青磁作り

2月1日三田の街歩きと青磁の三田焼きに挑戦した。2班に分かれて我々は街歩きから始めた。三田の街は元藩主九鬼家が中心となっていて、資料館(九鬼家の擬洋風建築)でビデオ説明を見た。その後心月院にお参りした。ここは九鬼家の菩提寺で墓がある。また有名な白洲次郎の夫婦の墓があった。昼前になり明神窯で食事をするので急いで行った。昼を済ませ三田焼きを習った。先生から作り方を教えてもらって、思ったよりも楽しく作れた。近くに大神神社の分祀された社、三輪神社をお参りしてから、三田駅に向かった。
青磁マグカップ
s-九鬼家擬洋風建築[九鬼住宅]
旧九鬼家住宅は、三田藩家老職を代々勤めた九鬼家の住宅として、明治9年頃に建てられた建物だ。江戸時代の民家や商家の間取りを持ちながら、武家屋敷の名残を残す二階建ての住宅だが、特徴的なのが二階部分に洋式のデザインが取り入れられていること。
 明治初期に文明開化のもと、日本人の大工により西洋の建築に似せて、学校や役所、ホテル、銀行などが数多く建てられた。このような建物を建築史では「擬洋風建築」と呼んでいる。
 旧九鬼家住宅は、こうした擬洋風建築のひとつとして捉えられるが、九鬼家の当主であり鉄道技師でもあった九鬼隆範(くきりゅうはん)が洋風デザインを取り入れて自ら描いた住宅の設計図(現在でいう基本設計図に当たるもの)が残っている。当時の大工が見よう見まねで真似て建てた擬洋風建築にはない、九鬼隆範が指示した洋風のデザインと伝統的な建築様式が絶妙に調和した貴重な建物として評価されいる。

s-心月院[心月院]
本尊 釈迦牟尼仏
旧三田藩主 九鬼家の菩提寺。
位牌堂以外全て(本堂・経蔵・総門・山門・庫裡・書院・蔵など)江戸時代の建物。
本堂正面の庭が美しく、梅・桜・さつき・紅葉などが見られる。
旧三田藩歴代の墓所でもあった。
白洲次郎・正子、九鬼隆一、など多数の墓がある。
寛永10年(1633)勢州鳥羽より移封された九鬼氏が、家代々の宗廟として、旧領の菩薩寺常安寺の覚雄是的和尚を開祖として建立した。境内には歴代藩主とその家族や白洲次郎・正子がひっそりと眠りについている墓所がある。
また、山門は関ヶ原戦後、時の領主有馬豊氏が豊臣家から譲り受けた有馬温泉御殿の遺構の一部と伝える。

s-三輪明神窯史跡 登り窯

三輪明神窯史跡 登り窯

s-三輪神社

三輪神社


ならなぎロゴ
s-head.jpg